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農山村地域経済研究所 新庄支所から

豊かな自然と宝物がいっぱいの農山漁村が、全国各地にあります。この村々を将来の世代に残そうと、一年の半分以上を農村行脚しながら、村づくりをサポートする楠本雅弘という先生がいます。これは先生の応援ブログです。

金華山復興ボランティア 報告

 今年も53日~6日まで、金華山に行ってきました。

 女川港に12時半頃に着き、時間があったので女川駅周辺を散策してきました。駅前商店街は、大賑わいで、店々が観光客でごった返していました。少しずつ復興しているように感じ、うれしく思いました。

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 港から歩いて、商店街の入り口に東北電力女川原子力発電所、地域総合事務所があり、正面玄関の線量計0.048mSv(ミリシーベルト/hを示していました。

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 ところで女川原発は、牡鹿半島にありますが、外から見ることはできません。しかし、海からは見る事ができます。

 13:30発の金華山行きの船に乗り、5分くらいすると女川原発が見えてきました。(船のガラス越しの撮影で画像が良くありませんが)現在は稼働していません。

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今回のボランティアには、「風の旅行社」のツアーで参加してくれた6名と押切珠喜さんが代表を務めるVC(ボランティアセンター)を支援する会から10数名(参加日程に違いがあり)で総勢20名程度の観光復興支援ボランティアでした。

牡鹿半島の先に浮かぶ震源地から一番近い島~!最盛期は年間60万人が訪れたこの地に … 多くの参拝者(観光客)を取り戻そうと … 然も、単なる“物見遊山”ではない … 信仰と自然への畏敬の念を基軸とした“根源的&文化的な観光”を目指す!」(押切さんの言葉)

 今回も私は、参集殿(金華山の宿泊所)客室の準備作業や参拝者の車による送迎、厨房の手伝いなど。そして金華山にいる鹿の自然に取れ落ちた角を利用したお土産造りのために、山に木を伐りに行きました。津波によって跡形もなくなった海沿いの道路あとを10分ほど歩いたら、廃墟になったホテルが見えてきました。ただこのホテルは震災のはるか前に閉鎖されたとか。年間60万人も訪れていたのですから、ホテルも必要だったのですね。

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 この連休中には、6日に初巳大祭があり普段よりはるかに多い参拝者がいました。金華山に住み込んでボランティアを続けておられる三上さんは、当日、自分も参拝者として大祭に参加したそうですが、自分の玉串奉奠の際に、神社で準備していた玉串が足りなくなっていた、とのこと。2011年の初巳大祭の参加者は、三上さん一人だったそうで、三上さんはこの事を「榊の玉串が足りなくなるくらい、参拝者が戻って来た」と心から喜んでおられました。

 年間60万人の時、1日平均で約1650人です。でも、この日私の感覚では、多く見積もって300人くらいでしょうか。やはりまだまだ、と言うのが実情です。でも震災で激減した参拝客が徐々に戻ってきているのも事実、これからも地道な努力によって復興を成し遂げるしかありません。

 

 私は、震災復興と農山村の再生は基本的に同じものだと思っております。関東大震災の時、東京商大(現、一橋大学)の福田徳三は「復興事業の第一は、人間の復興でなければならぬ。人間の復興とは、大災によって破壊せられた生存の機会の復興を意味する」(『復興経済の原理及若干問題』)と言っています。(岡田知弘『震災からの地域再生新日本出版社2012

ところが、上記の三上さん石巻で被災し、実家は壊滅。現在石巻仮設住宅に住んでいます。そして一年のうちほとんどを金華山に住み込んで、自分の作業機械を持ち込み、崩れた建物、石段、道路など、全てにわたって改修作業をしています。なのに、なのにです!!宮城県の役人から、「石巻の住宅に殆ど住んでいないのだから、出ていけ」と言われたそうです。

みなさんはどう思われますか?

 確かに三上さんは、住宅には年間にしても1ヶ月も住んでいません。しかし11か月は、自分の全てを傾けて復興の支援を続けているのです。彼の破壊された生存の機会宮城県は復興してくれたのでしょうか。彼は無私の心で無償の仕事をしているのです。こんな無慈悲な事はありません。人間の言う言葉とは思えません。<三上さんは、震災の前年まで、金華山神社の氏子総代でした。>

 幸いにも、VCを支援する会の山谷君(彼もまた、無私の人です)が、宮城県にかけあってくれて、事なきを得ましたが、このような感覚がまだまだあるということが、大きな問題です。もしかすると他にも同様の問題があると予想できます。ちなみに仮設住宅を違法に利用している事例が全国で百数十件あるそうです。

 

 今回のボランティアでは、益田文和先生と御一緒させていただき、消失の危機にある個人蔵書の問題について、貴重な教えをいただきました。先生の会社「()オープンハウス」のHPをみたら、このオープンハウスは、オフグリッドとか。私のやってみたいことを実践されています。そして「社会の基本的な仕組みを変え、それにとって代わる生き方のデザインに取り掛かる必要があるはずです」と。これは大震災の時に、国民の多くが気付き、考えた事ではなかったでしょうか。

 

 タマちゃん(押切珠喜さん)に感謝です。彼の生き方には、いつもいつも感動です。今回は、偶然にもタマちゃんの四条畷学園のクラスメートが参拝にいらして、当時の学校の様子をうかがうことができ、有意義な時間になりました。