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農山村地域経済研究所 新庄支所から

豊かな自然と宝物がいっぱいの農山漁村が、全国各地にあります。この村々を将来の世代に残そうと、一年の半分以上を農村行脚しながら、村づくりをサポートする楠本雅弘という先生がいます。これは先生の応援ブログです。

お知らせ 「第7回 雪調に学ぶ講座」

農村再生

 私の住む新庄には、<セツガイ>または<セッチョウ>と呼ばれる風変わりな建物があります。この建物は、建築学者考現学(考古学に対する)の提唱者として知られた今和次郎が設計し、1937(昭和12)年に建築されたもので、「農林省積雪地方農村経済調査所」と言いました。現在は「雪の里情報館」として保存・活用されています。

 昭和農業恐慌、度重なる凶作などで疲弊・窮乏していた東北(積雪地方)の農山村の調査・研究・指導機関として設置されたものです。

 この施設に数多く残る遺産を見直し、活用することで私たちの住む東北の農山村の再生について、考えていきたいと活動しています。

 興味を持たれたら、是非参加してみてください。交流会では、最高の米、最上の郷土料理、そして最高のドブロクも飲めますよ!!!


第7回 雪調に学ぶ講座
―東北のてしごと、最上のてしごと―

雪調(積雪地方農村経済調査所(昭和8年~22年、現「雪の里情報館」)の遺産を次世代に引き継ごうと始まったこの講座も7年目をむかえました。
今回は、雪調でおこなわれた農家の副業としての「民芸の活用」を振り返り、てしごとの現在とこれからについて考えてみたいと思います。最上に足元をさだめ、地域にねざした活動をしている若き三人の工人を迎えて「土着の美」について熱く語ってもらいます。 

日時     平成29年3月25日(土)PM1:30~9:00
場所     新庄市「山屋セミナーハウス」(学習会・交流会・宿泊)
       新庄市金沢3036-2 ☎0233・22・3527
内容 (1) 報告と提案。(13:45~14:30)
   ◆ぺリアンの「寝椅子」復元経過について(星川一宏氏・コミューンあおむし)
   ◆工房ストローの一年         (高橋伸一氏・工房ストロー主宰)
   ◆舟形焼きと長澤和紙        (金 寛美氏・舟形焼わかあゆ薫風窯)

   ◆青苧(からむしおり)      (高橋里奈氏・大江町地域おこし協力隊)
   (2) 講演(14:30~15:30))
       結城登美雄氏(民俗研究家)
        「てしごと―過去から未来へつなぐ」
       鼎談 (15:30~17:00)(結城、高橋、金、髙橋)
        「てしごとは、最上にあり」
   (3)俺にも言わせろコーナー(17:00~17:30)
   (4)交流会(6:30~9:00)
参加費  学習会(1000円)・交流会(2500円)・宿泊(朝食付2000円)
主 催  ネットワーク農縁
共 催  最上の元気研究所・雪調アカデミア準備会・ゆかいな勉強会
協 賛  手仕事フォーラム・はちべえの森山林資源開発研究所
申 込  ネットワーク農縁・佐藤まで

震災から6年

震災

 昨日で、震災から6年が経ちました。

 毎年思うことですが、いつも「無力感」を感じます。やはり「他人事」になっています。「自分の出来る範囲内で、協力すればいい」とは言うものの、本気で覚悟を決めてボランティアや復興事業に取り組んでいる人たちのことを考えると、何をしているんだろう、と煩悶してしまいます。

 先日(3~4日)、金華山支援ボランティアをしている押切さんの誘いで、肘折国際音楽祭のボランティアをしてきました。押切さんたちは当日も、金華山から駆けつけていました。とことん「裏方」に徹して、手伝う姿はいつも感動してしまいます。

  (下の写真は、金華山への参道です。まだまだ、道半ばです。) 

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そして5日に、かつて甲子園で勇名をはせた『蔦監督』という映画を見てきました。監督は、蔦文也監督(徳島、池田高校)のお孫さんの蔦哲一郎さん。抑制のきいた素晴らしいドキュメンタリー映画でした。蔦監督への批判や非難まで紹介しながら、人間、蔦文也を描いていました。翌日、哲一郎さんと山形ドキュメンタリー映画祭の事務局長の高橋さんたちとロッジを借りて飲んで語り合いました。その中でやはり高橋さんのスタンスが裏方に徹するという姿勢です。彼のような存在があって初めて、山形ドキュメンタリ―映画祭がこれほど素晴らしいものになったのですね。

 震災復興も農村再生も覚悟をもって裏方に徹する人の存在が必要なのですね。

 ※ 自分はまだまだスケベ心がありすぎで、何たる怠慢!! あぁ、非情!!!

バンガク??? 釜渕行燈番楽の素晴らしさ!

農村再生

 先日(四日)、真室川町釜淵で何世代にもわたって引き継がれてきた伝統芸能(250年とも300年ともいわれる)の行燈番楽を見てきました。午後5時から、地域のもと郷倉で毎年行われているものです。狭い建物の中に地域の人やほかの地域からの観客で、立錐の余地がないほど。50人以上でしょうか。
 席には、この地域の郷土料理が並び、ろうそく(行燈)が準備され、さらにこの地区の名人が作ったと思われる「ドブロク(濁酒)」が準備されていました。(こりゃ、たまらん!)

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 まず、子どもたちの可愛い「前口上」に始まります。この口上がとってもいいんです。これで観客の心をつかむのですね。

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 そして、親子による獅子舞で始まりました。選挙の近い町長さんや議員さんは我先にと獅子頭に頭を差し出します。

 

 私たち観客は、おいしい料理とお酒に舌鼓を打って、若者、子どもたちの踊りに酔いしれます。以前は、番楽の最中の飲食はしていなかったそうです。この番楽を評価し見守ってこられた結城登美雄さん(民族研究科)と話をしていて、「<文化>だとか言って、堅苦しい中で、番楽をやるよりも、こんな風に飲み食いしながら、地域の人達の楽しみとして、やった方がいいだろう。それが本来の姿ではないかい」と言われ、納得したところでした。

 

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 この素晴らしい番楽の存続は後継者にかかってます。少子化の影響で大変厳しい状況にあります。ただ番楽保存会の会長さんが、最後にお話されていましたが、この番楽に参加している地域の青年や子供たちが大変意欲的で頼もしい、とのこと。それは演技を通して私達にも伝わってきました。

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 この最後の写真、法被を着た大人にまじって、謡いと鐘(銅拍子)を叩いているかわいい男の子、5歳です。私の元同僚のお子さんです。聞くところによると、前口上も謡も鐘も教えたわけではなく、お兄ちゃん、お姉ちゃんと一緒に練習に参加していて、自然に覚えたそうです。
 大人も子供もみんなで楽しみながら伝統を引き継いでいく。これが地域を守って行くことなのだと実感しました。本当にいいものを見せて頂きありがとうございました。多謝!!

 

*1

*2

*1:【郷倉】ごうぐら
郷蔵とも書き、社倉(しゃそう)、義倉(ぎそう)ともいう。江戸時代、各村々、あるいは数か村に1か所設けられた米穀の収蔵倉をいう。設置の目的は、年貢米の保管または備荒(びこう)貯蓄のためであった。
※釜渕の郷倉は、昭和9年の東北大凶作に際し、皇室からの御下賜金50万円と国庫支出金を元に飯米確保の恒久対策として、各部落毎に作られたもの。「恩賜郷倉」といいます。

*2:【番楽】ばんがく
  山伏神楽(やまぶしかぐら)のうち、日本海側の秋田・山形県に分布するものをこの名でよぶ。単に獅子舞(ししまい)ともいうが、江戸時代には舞曲(あそび)とも称していた。番楽は『曽我(そが)物語』や『平家物語』に取材した荒々しくテンポの速い武士舞を特色とし、これら武士舞を一般に番楽舞ともいうところに名称の由来があるといわれる。
  番楽は修験道(しゅげんどう)信仰に伴う芸能であるだけに、鳥海(ちょうかい)山、太平(たいへい)山、神室(かむろ)山などを取り巻く山麓(さんろく)の村々に集中した分布がみられる。
  諸曲の構成は獅子舞を別格とし、式舞、神舞(かみまい)、番楽舞、女舞、道化(どうけ)舞に分類できる。神社、宿、公民館などを舞台とし、正面奥に幕を張っただけの狭い空間で演じる。囃子(はやし)は太鼓、笛、銅拍子(どうびょうし)の3種。これに拍子木(ひょうしぎ)の加わる所もある。曲趣は神楽というよりはむしろ能に近く、曲によっては大成前の能の古態をとどめているものがあるといわれる。

【山伏神楽】より
…東北地方に山伏が伝えた神楽。同系の神楽を日本海岸の秋田・山形では番楽(ばんがく),青森では能舞(のうまい),宮城では法印神楽(ほういんかぐら)などとも呼ぶ。古くは山伏の一団が農閑期や正月に,権現(ごんげん)様と呼ぶ獅子頭を神座として奉じ,檀家の家々をまわって火伏せや悪魔祓いの祈禱をした。…
[高山 茂]  出典|小学館 日本大百科全書(ニッポニカ)

「2017年にやりたいこと」

今週のお題「2017年にやりたいこと」

 

 今年のやりたいこと

1 温泉巡り まだ入ったことのない温泉、20か所を目標に!

2 里山を整備し、山小屋を作る!

3 農村再生と震災復興!

世界に一つだけの花

教育

新年あけましておめでとうございます。

 昨年末、SMAPが解散しました。彼等にそれ程の関心を持ってはいませんが、ずぅーっと気になっている歌がありました。それが「世界に一つだけの花」です。曲もいいし、歌詞もよく読んでみると含蓄のある、とても素敵なものですね。

 それで少しだけ調べてみました。作詞・作曲が槇原敬之という人。誰でも知っているのでしょうね。

 彼がこの歌を作る動機になったのが、<本曲を作る3年前の1999年に覚せい剤取締法違反(所持)容疑で逮捕されたことが自分を見つめ直す機会になった。その中で彼は仏教と出会い、従来の私小説的な作風とは異なる人生をテーマとする作品を手がけるようになり、その成果>だそうです。また<「ナンバーワンではなくオンリーワン」という主題は、「天上天下唯我独尊」という仏教の教えが念頭にあった。『仏説阿弥陀経』の「青色青光、黄色黄光、赤色赤光、白色白光」という一節が元になった>とも語っています。(Wikipediaより)

 ただ、私がこの曲をはじめて聞いた時、すぐに思い出しました言葉があります。それは「薔薇二本、一本は花大にして、一本は小、大大をほこらず、小小をはじず、力の限り咲けるがうつくし」です。どうです?なんか似ていませんか?

 私が初めてこの言葉を知ったのは、NHK名古屋放送局1997年制作の「名古屋お金物語2」で、塾の講師役をやっていた矢崎滋が語った言葉だったと思います。そしてこの言葉を言ったのは、四条畷学園の山本正次先生が尊敬していた芦田恵之助さんです。

 芦田先生は、この言葉の後に「学校教育を受けたがために、己の大をほこる子が出来たり、己の小をはじる子が出来ているかと思います。力の限り咲いたその花が、よし大であっても、それをほこるべきことでも、はずべきことでもありません。力の限りに咲いたというところに、自分は満足すべきだと思います。  心なき人は、花の大小を比較してその大をたっとび、その小をいやしむきらいがあります。この考え方が、うつくしい教育をゆがめている」と言っています。(『恵雨自伝』下258頁 実践社1972年)

 心なき人が、先生や親でないことを願っています。

 週1回、ボランティアをさせてもらっている障碍者施設「すぎのこハウス」の人達を見ていて、それぞれに輝いていると実感します。それぞれにうつくしく咲いています。その陰に、職員の献身的な努力を感じます。とっても居心地がいいのです。だからみんな笑顔です。

 山仕事に行っても、すてきな野草がたくさん咲いています。ただ私は花の名前、木・山菜・キノコの名前、ほとんどわからず、「あっ、あのはな」でおわりです。

 あぁ、無情!!!

はちべえの森 「ものみる」完成!!!

農村再生

 12月24日(土)に、はちべえの森に、「ものみる」が完成しました。

 山形県のみどり環境公募事業を活用させてもらい、3年前から山を整備し、オリエンテーリングの道を作り、昨年は山小屋「とらいあん」を、そして今年は山やその周辺を一望できる「ものみる」を完成させました。ここを起点にして来年はさらに子供たちは勿論、地区の人達の憩いの場になればと思っています。

 <手前が「とらいあん」(煙突の煙がまたいい!!)後ろにちょっと見えるのが「ものみる」>

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<これが「ものみる」土台の木は栗の木を焼いて利用したもの。どうです?立派でしょう!! Y口君はシャイで後ろを向いてしまいました。>

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<雨の日は、屋内から、天気の良い日はベランダで最高の景色を堪能します!>

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 その日は、薪割をし、夜は「ものみる」完成祝賀会を、K司くん、Y口くん、K一さんと盛大に執り行いました。数十年前に少年だった男たちの夢の一つが実現した、うれしい、そして楽しい夜(クリスマスイブではなく)なりました。

 あぁ、よか酒!!!

「楠本先生を囲む会」 ~集落営農は地域づくり~

農村再生

 11月19日(土)、雪の里情報館において「楠本雅弘先生を囲む会」を開きました。
 午前9時から、12時までの短時間ではありましたが、参加者全員が先生と昼食をともにし、話が尽きませんでした。
 先生からは、先生が監修した『集落営農支援シリーズ 地域再生編』の中から先進事例を選択して紹介していただき(盛岡 広島 島根)、解説していただきました。

 次に、事例発表にうつり、事例をもとに話し合いをしました。
 まず最上地域で唯一の集落営農組織である、「ひまわり農場」の現状と課題について、代表理事のTKさんより報告してもらいました。この報告を聞き、現在のこの地域の抱える問題が凝縮しているように感じました。
 例えば経営面積は、平成16年(2004)で66ha。平成28年(2016)では176haに増大している。これは何を意味しているか。「登記上は約1万筆以上」つまり小面積の耕地である。「作業受託を行っている圃場はすべて基盤整備されていない」つまり山間地の狭小の耕地である。「作業委託者は100人ほど」これも同様である。
山間農村の抱える課題が浮き彫りにされている。転作地を大豆畑にし、耕作放棄地の増大に対応し受託地を増やしてきた。しかし「1圃場あたり10㏊以下が多く、この条件下では限界に来ているが、来年度の新規依頼もすでにきている状況で、どのように受け入れていくかが課題」というように、基盤整備がされた大面積の耕地とちがって、機械化による省力化にも限界がある。このような行政が対処すべきはずの問題を、ひまわり農場は引き受けているのである。
また、役員5人、社員8人体制(その他、4~5人のピンチヒッターがいる)で事業を運営しているが、社員のうち3人は12~3月に町の除雪オペレーターをしており、通年での仕事の確保が課題である。
しかしながら、平成6年の結成以来、紆余曲折を経ながらも事業の拡大、多角化(育苗・ミニトマト・ほうれん草)をはかりながら、成長している。集落営農の課題の一つでもある<世代交代>もかなり進んでいる(20~30代が6人)ようである。
集落営農は、地域住民の共同活動を結集した新しい共同経営体である。

続いてKSさんから30年以上続いている「F小学校と世田谷区の小学校との交流事業」についての事例発表があり、年と農村の交流の大きな可能性について話し合われた。
最上地域の持つ豊かな自然環境・食べ物が大きな教育効果を持つこと。つまりこの地域の良さを都市住民に発信するとともに、地域の子供たちが地域の宝を再認識することである。しかしながら、90万人の世田谷区と6000人のF町。一つの小学校では世田谷区の要望(現在世田谷の2小学校との交流であるが、他の小学校も交流を希望している)に応えられなくなっている。この事業を最上地域で拡大することで、教育効果はもとより、経済効果も拡大するものと思う。